チョコレート工場をつくってみたい。

facebookより転載)

 

入院生活ほぼほぼ3ヶ月。 「娘が元気かどうか」とか「今の現状の悲惨さ」を考えることが辛くて、なぜか過去のことばかり考えてた。 親のこと、恋愛のこと、嬉しかったこと、傷ついたこと。

 

今日は7年会ってない母の声で目が覚めた。「悠ちゃん、起きなさい」と。その瞬間とても嬉しかったけど、夢だと気づいて落ち込んだ。やっぱり35歳になっても小さかった頃に貰えなかった親の愛情を欲している自分に気づき悲しい気持ちになった。

 

母の愛情が足りていないのに、娘に適切な愛情を注ぐことがどれだけ大変かと言うのを、娘が成長するたびに感じる。

 

昔、映画「A.I」を見て泣いた記憶がある。私は10歳だったかな。その時は父もいて、家族4人で小さな映画館にいった。

 

ストーリーは、ある夫婦の子供が脳死状態か何かでもう戻らないと言われ、代わりにロボットの子供を育てることにする。そのロボットは、ある手順を踏むと、「本当の子供」になり、その母親のことを「本当の母親だと思う」ようになる。つまり、本当の親子になる。

 

けれど、まさか実子が奇跡的な回復を遂げ助かった。そうすると、いろいろあって、ロボットの子供の方はいらなくなり、捨てられることになる。

山奥に車で連れて行かれ、いくらママに縋っても置いて行かれる。それからその男の子は、ママに会うために色々旅をするんだけど、、、と言う話。

 

これが我が家にも重なる。

 

私と弟は仲良しだったんだけど、弟がちょっとグレた(と言っても可愛いものだった)から、母は弟をスイスの山奥の学校に捨てた。
母には父の遺産があったから(もう溶かしてると思う)、そのお金で、通称「金持ちの子捨て山」と言われている、スイスの、それも登山列車に乗らないといけないような山奥の天国のような学校に弟を捨てた。

 

弟と後で話した時も「捨てられたと思った」と言っていた。

 

私も見送りに行ったけど(見送りというより、母のスイス旅行に同行させられた)その山は本当に天国のようなところで、こんなところにいたらフワッと死んでしまいそうな、死に近い感じがする山だった。親に捨てられた子供たちの集まる学校なので、毎年のように、「わざと雪崩に巻き込まれて自殺する生徒」がいたらしい。そして、遺体を迎えにくる親は皆「せいせいしました」とばかりに笑っていて、それを見て弟は病んでしまった。


山の下に雲があって、雪が積もっているのに湿度が低いせいか半袖で歩ける。不思議な場所だった。


牛の鳴き声で朝目覚めるんだと、弟がたまにチャットで話してくれた。

 

弟を送っていったと言うよりは「置き去りにした」と言う表現が正しい。弟はまだ中1、英語もできないし、まだまだ母の愛情が欲しい時期、しかも父を亡くして間もない。あまりにも酷い「子捨て」を、母は笑いながらやってのけた。

 

中1になったばかりの弟は英単語を一つも知らない状態で、寮の説明を受けていた。中3の私が少し理解できているのを見て、弟は泣きそうになっていた。

 

で、「では、これで説明は終わりです」と言われた瞬間、母は弟との別れを惜しむでもなく「せいせいした」とばかりに笑顔で弟を置き去りにした。弟は泣きそうな顔をして、まさかそれで置き去りにされるとは思っていなかったらしく、唖然とこちらを見ていた。私は可哀想でたまらなかったけど、母は「あの顔みたー?笑」と、弟の可哀想な顔を見て笑っていた。

 

弟はそんな中でも、母の期待に応えようとそのアメリカンスクールを卒業し、それなりに偏差値の高いアメリカの学校に入り、それなりに優秀な成績を収めていたらしいんだけど、卒業間近になって「ごめん、このままここにいたら死んでしまう。お母さんの期待に応えられなくてごめん」と、電話があった。母は「自殺されたら困る」と、すぐに帰ってくるように言った。

 

そこからは私の地獄がはじまる。弟が帰ってきたら、それまで散々依存されて(男友達の住所まで突き止めてくる、会社の会食中に早く帰れと鬼電などなど)

 

1番怖かったのは、私が東京に就職したのは、母から逃げたかったから。東京で就職すると言った時には「私の老後どうしてくれんのよー!!」と発狂された。そんな母。私は母の老後を見るために生まれてきたんじゃない、、、。

 

そんなこんなで秘密で東京での就活を続けて、なんとか受かって、「やっと母から逃げられる!」と思っていたら、合格通知の書類を勝手に開けられて、東京の会社に合格したことがバレてしまった。まず、子供であっても成年している娘の郵便物を勝手に開ける時点でおかしい。

 

そして、バレたけどまぁ大丈夫かなと思っていたら、ある日、「あなたの会社から徒歩15分の場所にマンションかったからー!」と言われた。あまりのショックで、その時、逃げることを諦めた気がする。

 

あとは、私は元々銀行に勤めたかったんだけど(面接も受けてた)、やっぱり、音楽業界にしたのは、母に「お母さんにやらされてたピアノ、無駄じゃなかったよ」と言ってあげたかったと言うのもある。実際それを言ったらすごく喜んでたけど、まぁ、本心ではない。そんな言葉に簡単に喜ぶ母をみて、心底嫌気がさした。

 

まぁそんなこんなの積み重ねで、母は自分の老後を私に見させるつもりだったわりに、私の出産(命懸け)にもこなかった。占いに傾倒する系の母なので、なぜか人伝に私の娘の生年月日と生まれた時間だけを聞いてきたらしい。怖い。

 

産後鬱の時は「このままでは死んでしまう」と思い、助けを求めたけど、私の「私がこのまま死んでもいいの?」と言う問いに、応えなかった。死んだらダメだと思ってたら、即答するはず。私が死んだ方がスッキリするとでも思ってたんだろう。

 

3ヶ月の入院では、カウンセラーさんとも話す機会があり、母が私にしたことは立派な虐待だと言われ、なんだかホッとした。精神的、肉体的、どちらも受けていると。確かにパソコンをやりすぎだとランカードを投げられて、手の甲が抉れているし、言いたくもないような罵声も浴びせられ続けた。容姿を批判する言葉が多かった気がする。

これまでは、あまりわかっていなかったけど、
「私が虐待を受けて育ったこと」
「でもだからこそ絶対に娘には繰り返さないこと」を、先生からも言われた。

先生ってすごいなと思ったのが、


そう言う親は大抵アル中(うちの母はアル中)で、またその親もアル中(うちの祖父もアル中)と言うことを教えてくれた。ドンピシャで当たっててびっくりした。

 

私は幸いアル中じゃないので、アルコール等で気が大きくなって子供を傷つけるようなことはしてないし、子供に手もあげたこともない。

 

3ヶ月の入院期間、つらかったけど、高校生のお子さんがいる先生から「これを機に、絶対に親と同じことを子供に繰り返さない親になりましょう」と言ってもらえて、そのために薬も調整してもらって、これでよかったんだと思うようにしてる。まぁ入院しなくてもできてたけど、、、。

 

それにしても、3ヶ月の運動不足で筋肉が落ちて、足がガリガリになった。認知症とお年寄りがたくさん入院してる場所だったから、食事はおばあさんに合わせて作られていて、なにせ不味い!

 

ご飯のたき加減もベチャベチャで、食べれたもんじゃないのでお粥にしてもらってたら余計に痩せた。

 

30代になると、痩せると老ける。肌のハリがなくなるし、痩せてほうれい線が目立つ気がする。
急性期、看護師や医師に怒鳴り散らしてた時は、ひたすら「私の若さを返せ!!!」と言っていた記憶w

 

患者さんは良かれと思って「細いわねー」と言ってくるけど、それすら辛かった。私のベスト体重はプラス5キロなんだ!!

 

「退院してカロリー高いものを食べたらすぐ体重は戻るよ」と気休めを言われたけど、太れない。
太るような食べ物を食べようとしても胃が受け付けない。

 

娘は今頃寂しがってるだろうし、私はこんなになったし、うーん、やっぱり誰のための入院だったのか、これが誰かのためになってるのか、今の私にはわからない。

 

私は死にたくないけど、そう言う病院だから、「死にたい」と言ってる患者さんもたくさんいた。死のうとすると医者に止められる。なんだか可哀想に思ってしまった。なんで日本は安楽死がないんだろう。ちょうどニュースで安楽死をさせていた医者が捕まっていたな。日本の法律ではその人は明らかに悪いことをした(殺人)だけど、リスクを負ってまで、死にたい人を救ったと思うと、歴史が変わればその人が正しかったと言う世界が今後待っているかもしれない。

 

逆に、「死にたい」と言ってるのに、無理に生かして、管に繋いで、点滴をうって死なせない、それを「正義」と思っている精神科医こそ、何も人の気持ちも命のこともわかってないじゃないか!と言う気持ちにもなった。

 

まぁでも、私は自殺は反対かな。自分で死のうとしなくても必ず寿命はやってくるんだから!って感じ。

 

死にたい死にたいと言ってる患者さんとは、難しい話をするのはやめて、一緒にチョコを食べながら、「死んだらこのチョコ食べれなくなるんですよ?嫌じゃないですか?」と言ったら、

 

「確かにそれは嫌だねぇ。こんな美味しいチョコが食べられるなんて生きててよかった😊」と、一瞬でも生きててよかったと思ってもらえたのが私は嬉しかった。お菓子は人を救う!

 

そんなこんなで入院生活を経て、私は「お菓子の開発をしたい」という新たな夢ができたのであった。

 

写真は私の全盛期、17歳!笑

f:id:happyyukorimu:20240420161622j:image

 

つづく(かも)